大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(ワ)4720号 判決

原告 金萬海 外一名

被告 南桜機械工業株式会社 外六名

主文

一、原告等の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

一、原告等の申立

被告等は、原告等各自に対し、別表記載の各金額の二分の一および昭和三二年六月二九日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告等(被告上野工業株式会社を除く)の申立

主文同旨の判決。

三、原告等の主張

(一)  原告等と訴外南西産業株式会社(以下訴外南西と略す)は、昭和三〇年一〇月一三日競売開始決定のなされた東京地方裁判所昭和三〇年(ヌ)第六二〇号不動産強制競売事件において、同事件債務者、被告南桜機械工業株式会社(以下被告南桜と略す)所有の東京都中央区銀座東一丁目五番地九家屋番号同町五番の三木造瓦葺二階建事務所一棟建坪七坪三合三勺二階七坪三合三勺(以下本件建物という)に対し、三名共同で競買申出をおこない、昭和三一年一〇月二三日競落許可決定を受け、同年一一月一四日代金六一一、六八五円(内遅延利息六八五円を含む)を支払い、昭和三二年三月二二日所有権移転登記(三名共有)を経由した。

(二)  なお、原告等と訴外南西は、昭和三二年三月二五日本件建物につき共有物分割のうえ、原告両名において訴外南西の持分を各二分の一づつ譲り受け、同日その所有権移転登記を経由し、結局各二分の一の持分を有する共有者となつた。

したがつて以下に記載する各請求権についても原告等両名がその全部につき各二分の一の割合で権利を有するものである。(以下訴外南西については記載を省略する。)

(三)  原告等の納入した前記競落代金六一一、六八五円は、被告南桜以外の原告等にそれぞれ別表記載のとおり配当された。

(四)  しかしながら、原告等の右競買申出ないし競落には次のとおり要素の錯誤があつたから無効である。

すなわち、本件建物の敷地は前記強制競売手続開始当時、被告南桜が所有者の訴外岡島乙次郎より賃借していたものであつたところ、昭和三一年三月一日右両人の間に

(イ)  被告南桜は昭和三〇年一二月六日かぎり右敷地賃貸借が解除され賃借権が消滅したことを認める。

(ロ)  岡島は昭和三八年三月まで被告南桜の右明渡を猶予する。ただし被告南桜は右明渡ずみまで岡島に対し損害金を支払うものとし、もしその支払を怠つたときは当然期限の利益をうしない無条件で右明渡をおこなう

旨の即決和解(東京簡易裁判所昭和三一年(イ)第一三七号)が成立し、これにより右敷地賃借権は消滅してしまつた。しかして原告等が本件建物を競落した後、訴外岡島の申立により右和解調書に承継執行文が付与せられ、その執行力ある正本にもとづき昭和三三年四月九日本件建物収去、同敷地明渡の強制執行がなされた。

しかるに原告等は本件建物に対する競買申出の時には、その敷地賃借権がすでに消滅し本件建物は収去を免れない状態にあることを全く知らず、本件建物とともに当然その敷地利用権も取得しうるものと信じていた。不動産たる建物の売買においてはその敷地利用権の存否に関する右のような錯誤は意思表示の要素に関するものといえるから、原告等の本件建物に対する競買申出したがつて競落は無効である。

よつて被告南桜以外の被告等が前記(三)のとおり本件建物競落代金の配当を受けたことは結局法律上の原因なく原告等の損失において利益を得たに帰し、原告等に対し右各配当額および悪意になつた日である本件訴状送達の日の翌日より支払ずみまで年五分の割合による法定利息の返還義務があるので、原告等はその支払を求める。

(五)  また被告南桜は、故意またはすくなくとも過失により、本件建物敷地の賃借権を消滅させ、またその消滅を秘匿していたことによつて、原告等に左の損害を与えた。

(イ)  原告等が支払つた競落代金六一一、六八五円に対する右支払の日である昭和三一年一一月一四日より本件訴状送達の日まで年五分の割合による法定利息(得べかりし利益)四八、三二〇円

(ロ)  本件建物競落による原告等の所有権取得登記登録税三〇、五八〇円

よつて原告等は被告南桜に対し右損害額合計七八、九〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日より支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(六)  かりに以上の主張が理由がないとしても、前記強制競売手続の目的物たる本件建物にはその従たる権利として敷地利用権が存在せず、そのため前記のように本件建物は収去され原告等の競落の目的はこれを達することが不可能に終つたから、原告等は民法第五六八条第五六六条の規定により解除権を有するところ、被告南桜に対し昭和三三年六月七日到達の書面をもつて解除の意思表示をおこなつたので、本件競落は解除された。しかるに被告南桜はその唯一の資産であつた本件建物をうしない今や全く無資力であるから、原告等は競落代金の配当を受けた他の被告等に対し、(四)記載の請求金員の支払を求める。

(七)  また被告南桜は強制競売の目的物たる本件建物につき、従たる権利である敷地利用権不存在という権利の欠缺あることを知りながらこれを申し出でなかつたものであるから、かりにこれが不法行為を構成しないとしても民法第五六八条第三項による損害賠償の義務がある。よつて原告等はその損害である(五)記載の請求金員の支払を求める。

(八)  被告等(被告上野工業株式会社を除く)の抗弁事実に対し。

原告等は建物収去命令の送達を受けた昭和三三年二月五日にはじめて本件建物敷地賃借権消滅の事実を知つたものであるから、除斥期間は経過していない。なお被告等主張の日に被告等主張の承継執行文および審訊期日呼出状が原告等に各送達されたことは認めるが、その他の点は否認する。

四、被告等(被告上野工業株式会社を除く)の主張

(1)  原告等の請求原因事実中

(一)ないし(三)は認める。

(四)のうち、原告等主張の即決和解が、訴外岡島、被告南桜間に成立したことおよび原告等に対し右和解調書に承継執行文が付与され、本件建物収去同敷地明渡の強制執行がなされたことは認めるが、原告等の競売申出に錯誤があつたとの点およびそれが意思表示の要素に関するものであるとの点は否認する。土地賃借権の存否は建物競売申出の要素ではない。

(五)以下は争う。たゞし原告主張の日に原告等より被告南桜に対し本件建物競落解除の意思表示が到達した事実は認める。

(2)  原告等主張の即決和解は、本件建物に対する強制競売開始決定の効力発生後に成立したものであるから、右和解による本件建物敷地賃借権の消滅は原告等に対抗できないものであつた。したがつて原告等の競売申出にはその主張のごとき錯誤はなかつた。

(3)  かりに、要素の錯誤であるとしても、原告等が本件建物の敷地利用権の存否につき調査をつくさず漫然競売申出をおこなつた点に原告等の重大な過失があるというべく、したがつて原告等自らその無効を主張することは許されない。

(4)  かりに、原告等にその主張のごとき契約解除権があつたとしても、原告等は昭和三一年一一月一八日もしくは一二月一〇日各到達の訴外岡島よりの通知、昭和三二年三月三日各送達の承継執行文または原告君塚につき同年五月二八日、原告金につき同月二九日各送達の建物収去命令申請事件審訊期日の呼出状などにより原告等のいわゆる本件建物敷地賃借権消滅の事情を知つたものであるから、右解除権はおそくも右審訊期日呼出状送達の日より一年の除斥期間を経過した日には消滅したものである。よつて原告等主張の昭和三三年六月七日の解除は無効である。

五、被告上野工業株式会社は適式の呼出を受けたのに本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

六、証拠方法

(一)  原告等

甲第一、二号証第三号証の一、二提出

乙号各証の成立を認める。

(二)  被告南桜

乙第一号証の一ないし三、第二号証の一、二

(三)  被告等(被告上野工業株式会社を除く)

甲号各証の成立を認める。

理由

一、本件建物はもと被告南桜の所有に属し、その敷地は訴外岡島より同被告が賃借していたものであるところ、右建物に対し昭和三〇年一〇月一三日強制競売開始決定がなされ、昭和三一年一〇月二三日原告等と訴外南西が三名共同で競落許可決定を受け、同年一一月一四日競落代金納入のうえ、昭和三二年三月二二日所有権移転登記を経由したが、同月二五日共有物分割のうえ原告両名の共有に変更しその旨の登記をなしたこと、右競落代金は被告南桜を除く他の被告等にそれぞれ別表記載のとおり配当されたこと、昭和三一年三月一日訴外岡島、被告南桜間に原告等主張の即決和解が成立していることおよび右岡島の申立により原告等に対し右和解調書に承継執行文が付与され、その執行力ある正本にもとずき本件建物収去その敷地明渡の強制執行がなされたことは、被告上野工業株式会社は明らかにこれを争わないので自白したものとみなされ、また他の被告等はすべてこれを認めている。

二、原告等は、右即決和解の成立により本件建物敷地の賃貸借は解除され、被告南桜の有した賃借権は(原告等に対する関係においても)消滅した旨主張するので、その当否につき検討する。

ところで、原告等は、右和解成立は昭和三一年三月一日であり、本件建物に対する強制競売開始決定はその約五ケ月前である昭和三〇年一〇月一三日になされていることを自陳している。ところでおよそ強制競売開始決定によりその所有建物を差押えられた債務者は、民事訴訟法第六四四条第二項の規定により通常の用法に従い利用および管理をすることは妨げられない反面、その処分権能はこれをうばわれ、たとえ差押の目的物を処分してもその処分は差押債権者ひいて競落人に対抗できないものである。(もつとも強制競売開始決定後であつても競売申立登記完了前に該処分がなされているときには、これによつて権利を得た善意の第三者はその権利を差押債権者等に対抗することができる。しかしながら本件においては、原告等の前示自陳その他弁論の全趣旨により、前示和解が競売申立登記完了後に成立したものであることが明らかである。)

しかるに、建物所有権はその敷地賃借権その他の利用権を伴うことによつてのみ、不動産としての経済的効用を実現しかつ保持しうるものであるから、地上建物に対する差押の効力はその従たる権利である敷地賃借権にも当然及ぶものと解すべきである。

そうだとすれば、前記即決和解が本件建物の敷地賃借権についての処分であることは、その内容および和解一般の性質から明らかである以上、結局右即決和解による土地賃貸借の解除は差押の目的物の処分行為として、差押債権者したがつて競落人たる原告等に対する関係では対抗できないものであり、右和解にかかわらず原告等は本件建物競落により被告南桜の有した敷地賃借権も当然取得したといわなければならない。(右和解による土地賃貸借の解除が、解除により既に消滅したことの確認にすぎず合意解除でないとしても、被告南桜の賃借人の地位を承継した原告等は右解除の効力を争う余地があるし、又少くとも和解による執行力は原告等には及ばない。なお賃借権の無断譲渡という関係における賃貸人に対する対抗問題は本件では関係がない)

三、しかるに原告等の本訴請求は、いずれも、前記即決和解によつて本件建物敷地の賃借権が消滅し原告等がこれを取得しえなかつたとの主張を前提とするものであるから、原告等の本訴請求はその他の点を判断するまでもなく、いずれも主張自体失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三渕嘉子)

別表

被告         請求金額(円) 配当金額(円)

南桜機械工業株式会社   七八、九〇〇    なし

株式会社佐藤機械製作所 一〇二、三八五 一〇二、三八五

玉川機械金属株式会社  四〇一、二〇七 四〇一、二〇七

上野工業株式会社     一五、四七八  一五、四七八

東京都中央区       一〇、四五五  一〇、四五五

東京都          六五、七八〇  六五、七八〇

国            一六、三八〇  一六、三八〇

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例